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勝利の方程式

日本のレーザーセーラーのために

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知識・装備・スキル


(はじめに)

 あらゆる用具を用いるスポーツにおいて、パフォーマンスを上げる共通点がある。それが、知識・装備・スキルである。従来、スポーツで勝利するには、それぞれを高める努力が必要であったが、特に装備の機能を高めることは、価格の高騰を招く結果となり、セーリング競技は一部の金持ちか、金銭的なバックアップを受けたプロ選手でなければ勝てない状況になった。レーザー級は、選手が直接手で触る部分以外、完全均一とするクラス規則を設けることにより、アマチュアセイラーでも本人の努力次第でレースに勝てるようにし、世界で最も普及したシングルハンドクラスとなった。

 レーザーは非常に限られた装備の変更しかできない。しかしそれが逆に極めて大きなパフォーマンスの差を生む。また同時にその装備を使いこなすスキルが、レースを決定的にする。このことを常に頭に入れて置くことがレーザーセイラーで成功する秘訣である。

 「勝利の方程式」は知識を解説するものであるが、本当に重要な事は装備とスキルであり、その練習方法を後日具体的に解説する予定である。

レース戦略・戦術・プロシージャ

レース戦略・戦術・プロシージャには重要な5つのポイントがある。

第1ポイント レースは数学であり物理学である。
三角関数、エネルギー保存則などで勝利の方程式を導くことができる。従ってそれを応用することで常に有利にレースをする方法があり、それが戦略・戦術である。

第2ポイント レース目的・戦略・戦術・プロシージャ
レースにはレース目的があり、それを実現するために戦略がある。戦略は戦術より構成され、戦術はプロシージャにより実行される。
戦略とは大局的方針であり、戦術とはオブジェクト(対象)に対しての働きかけであり、プロシージャとはサブジェクト(自身)の具体的な動きである。

第3ポイント 状況判断・選択・実行の流れ
実際のレースシーンでは、状況判断により最適な戦略・戦術を選択し、正確にプロシージャを実行する。状況判断・選択・実行がセットになり、それらが出艇前からはもちろん、スタート前からフィニッシュしてラインから離れるまでのレース中に繰り返される。

第4ポイント 陸上学習と海上練習の意義
レース力は戦略・戦術の学習とプロシージャ習得の両輪で洗練される。50%の陸上学習(戦略・戦術・プロシージャ方法学習)と。50%海上練習(プロシージャの実行練習)が必要である。

第5ポイント 自動的で自然
本番レースではすべてが自動的かつ自然でなければならない。状況判断はもちろん、戦略・戦術の選択、プロシージャの実行まで、意識せずできれば迷いがなく安定する。そこまで陸上学習と海上練習をする必要がある。


戦略

情報収集と判断
戦略とはレース目的を達成するための大局的方針である。そのためにはレースに関するあらゆる情報を収集し、それを元にして状況判断をして最適な方針を決定する。具体的には情報を元にレース展開を予想することであるが、その状況判断では過去のレース経験が非常に参考になる。その意味で自分の帆走日記は非常に重要であり、文章に残すことで重要なポイントが記憶に残る。またその他にもレース参戦記を読むことも戦略力を高める学習方法である。

一元的でかつ変化性
レースにエントリーしてから表彰式が終わりレース目的が達成されるまで、戦略は続いているが、レース目的は複数あっても同時に2つ以上の戦略は存在しない。つまり戦略は常に一元的に考えること。また、適時に自由に内容を変更したり中断することもできる。短期の戦略は基本的には一定でなければならないが、状況の変化から戦略も当然変化するし、その変化を予想することも戦略の一つである。

戦略の教科書
「ウインド・ストラテジー―セーラーのための「風」がよめるようになる本」2度オリンピックに参加した斎藤愛子氏の著作。難しいかもしれないが、必ず目を通しておかなければならない教科書である。

(戦略の例)
超微風でフラットな海面であるが、徐々にシーブリーズが入ると予想されるとする。この場合の戦略は、スタート後は他艇に対する戦術も風の振れも重視せず、ひたすら海面のさざ波をとらえることを最優先とする。最終的にマークに接近することと、シーブリーズが入りだした時に集団を押さえるベストポジションに居るようにすることが最善となる。そしてシーブリーズが入り出せば、有利なポジションから最短で上マークを目指す。



戦術・プロシージャ

戦術とは相手に対する働きかけである。
レースでは、状況判断と戦略に従い、その場面で最適な戦術を選択することになる。従って複数の戦術をレース以前に習得しておかなければならない。

プロシージャとは戦術の具体的な自己の動き。
自然にかつ正確にプロシージャが実行できるように、海上練習で訓練しておかなければならない。

オブジェクト(対象)
戦術のオブジェクト(対象)は競争相手(他艇)だけでとは限らない。レース海面、風、波、潮やレースコースであることもある。

自分専用の戦術・プロシージャ集
戦術を勉強するために色々な本があるが、それを自分の物にするには自分で専用の戦術・プロシージャ集を作ることである。まず教科書となる本を参考に、名前をつけ分類し自分の言葉で文章化する。さらにそれらを外部情報を元に発展させたり、実際にレースで実行した経験で自分に合った戦術・プロシージャとして作り変えたり新しく作っても良い。

戦術・プロシージャ集の実践
自分の戦術集が本当に役に立つかは試してみなければならない。そのためにもレース遠征やフリートレースへの参加が必要であるが、そのためには時間と費用がかかる。時間と費用を節約する2つの良い方法がある。
一つは海上で仮想レース練習をすることと、もう一つはパソコンでシミュレーターを活用することである。

仮想レース練習とは
様々な状況を海面上に実際に思いうかべる方法である。あたかも自分の下2mと上2mに透明な艇を設定。スタート5分前の状況で実際に戦術を選択しプロシージャを実行する。それ以外にも、実際にマークを1個だけ打ってのスタートのベアリング戦術、ポジショニング戦術、集団を押さえる戦術、リーバウタック戦術、ブランケット練習、マークでインに入る戦術など、実戦ですぐに役に立つ練習が可能である。これらは正にプロシージャを身に付ける練習であるし、繰り返す内にそれが実際に役に立つかが分かってくる。

Poseyセーリングシミュレーター
Poseyという素晴らしいシミュレーターがある。
これの良い点は風の振れ(リフトやヘッダー)に合わせて画面が変化し、ブランケットや様々な物理法則に基づき、自艇と他艇のスピードも変わる。実際のレースに非常に近い感覚であり、これによりヨットレースの実態が分かるようになる。そこから戦術の実行性や意図も明確にになる。小さいノートパソコンで軽く動き、時間スケールも変更できるので、1時間の通勤中に4レースは実行できる。

シミュレーターの実践
戦術練習であるから操船はオートマチックに。最初はレベルを下げ、情報画面を複数使えば、振れタック戦術だけで楽に上1が取れるようになる。徐々にレベルを上げると、それだけでは上1が困難になり、ラインを読む必要性が分かりだし、ポジショニング戦術を習得しざるおえなくなる。さらに進むと自艇を船団のどの位置に置くのがベストかが分かり船団戦術も身に付く。大切な事はシュミレーションレースが終われば必ずレースを反省し、それを自分の戦術集に反映させることである。

これを繰り返せば3ヶ月でめきめき戦術力が身につく。さらにレベルを上げ情報画面を一つにし、数値表示消せば、実際のレースと変わらなくなる。そこまできたら、できれば100インチ以上のスクリーンに液晶プロジェクターで大写しにして実行し、回数を重ねる。これを最高レベルで無意識に実行できれば卒業である。戦術に関しても意識せずに実行できなければならない。




戦術解説

基本概念

下記の用語を基本とする。
HLP(ホープレスポジション)
SLP(セーフリーワードポジション)
リフト
ヘッダー
フッティング
ピンチング
ブランケットコーン
VMG

コンパスの基本活用

レース戦術でコンパスは絶対必要である。その基本的活用方法を解説する。

360度の意義
円を360度に分けたのには意味がある。つまり90度が直角であり、それを利用すれば瞬時に風向きと風下、さらにそれに直角の方位が分かる。
進行方向と45度のラインの入っているコンパスであれば、その直角の方位がクローズホールドの方位となる。

マジックナンバー法
(1のグループ)10、100、190、280
(2のグループ)20、110、200、290
(3のグリープ)30、120、210、300
(4のグループ)40、130、220、310
(5のグループ)50、140、230、320
(6のグループ)60、150、240、330
(7のグリープ)70、160、250、340
(8のグリープ)80、170、260、350
(9のグリープ)90、180、270、360

グループとは100の桁と10の桁を足した数。その答えが2桁の場合は、それを足した数となる。

例えば、
120は1+2=3、3のグループ
290は2+9=11、1+1=2で2のグループ

グループは90度おきの4つの角度である。風向が分かれば、その風下方向、それぞれに直角の角度が瞬時に分かる。

スタートラインを見る場合やリフトやヘッダーを判断する場合、さらにフリーでの風の振れを知るために必要であり、風向を見るだけで瞬時に暗算で導くことができる。


スタートライン戦術

戦術の中で最も重要なことはスタートラインを読み、ベストスタートをすることである。それによりレースの5〜9割が決まる。

バイアス
本来スタートラインの長さは参加艇数と艇の長さで決まる。参加艇数×艇の長さ×1.5倍(係数)であるが、あまり参加艇数が多い場合やコースが短い場合は係数は1以下となる場合もある。

レーザーの場合30艇で100m前後であるが、風向とラインのバイアス(傾き)により、両端の風位高さの差はどの程度になるであろうか。これは単純な三角関数の掛け算であり、
H=L×sin(Θ)
で計算できる。極めて覚えやすい。

3度で5%、6度で10%、9度で15%強、12度で20%強、15度で25%強

5度で9%、10度で17%、15度で26%が、後述のコブシがつ使えるため実用的。

実際の運営
スタートラインが風向に直角はまれで、5度有利に設定する場合が多い。イーブンであれば上有利となり、ラインに艇が綺麗に並ばないから。しかし場合により10度も傾こともある。100mのスタートラインなら、5度なら有利な端と不利な端で9m、10度で17mの風位の高さの差となる。もちろん真中ではその差は半分であり、風の振れが激しく有利不利が一定しない場合は中央を選択するのも手である。

有利サイド
コンパスで風向を見る。240度だと直行する理想スタートラインは150度と330度。ちなみに風下は60度。マジックナンバー法で瞬時に分かる。本部船のポールからアウターに向けて走ってみる。160度であれば10度下有利となる。つまり、理想スタートラインより、アウターは17m風上にアンカリングされており、アウターからスタートできれば本部船から出た艇に対して風位で17m、距離で17×1/sin(45度)m=17×1.4m23.8m先行したことになる。もし先行艇より0.1ノット速いとしても、追いつくのに476秒かかる。逆に言うと、たとえ艇速で0.1ノット負けていても有利側でスタートできれば8分弱逃げきれる。しかし速い選手は有利サイドのピンを逃しても不利サイドのピンからスタートすることはまずないが。

スタートラインを引く
スタートラインと本来の理想スタートラインが分かったら、海面にそのラインを引く。一番大事なことは実際のスタートラインで、アウターの背景に目印の建物があれば楽勝であるが、本部船の背景でも良い。

目標物を探す
アウターのアンカーが打たれたら、本部船のポール真横からアウターを見て背景のポイントを探る。一番良いのはできるだけ高い目標物。建物では見えないことがあるが、山の稜線は案外特徴があり、いくつ目の山とか谷でラインをつかみやすい。

1艇身のライン
もしまだラインの見通しが良ければ、本部船のポールから下に2艇身風下へ移動してアウターのポイントを探る。それから再びポール真横に上りアウターに向かう。スタートラインの中央でとまり、ゆっくり風下に艇を落す。先ほどの2艇身のポイントが見えた場所。実はそこがスタートラインと平行な1艇身風下のラインであり、中央の中だるみスタートの場合や、下有利で艇の並んでいる前をアウターに向かう時の抜け道となり、ベストスタートを切る生命線となる。

コンパスによるライン
背景が無い場合は背景法は使えないのでコンパスが頼りになる。本部船ポールからアウターを見て、きっちりコンパス方位を覚えておく。ライン中央まで来たら、方位が5度上がるようにラインから風下に移動。スタートラインが100mであれば、そこが50m×sin(5度)=4.3mでレーザー1艇身下のラインとなる。

コブシ法
さて、この5度は実際にはどう見えるだろうか。握りコブシを突き出す。目からそこまでが60cm。
120cm×3.14÷36=10.45cm
だいたい握りコブシの幅。それが10度である。その半分が5度である。

仮想スタートライン
ここまで来たら、大切なことは仮想スタートラインを実際に見てスタートを切る事。ベアリングのプロシージャーに慣れれば、海上にそのラインが見えてくる。それが見えれば自艇とラインの間隔が分かり、必ずベストタイミングでベストスタートが切れるようになる。

オンタイム・オンライン・トップスピード
これはスタート時刻にバウの先端手前がスタートラインにあり、しかもクローズホールドのトップスピードであること。30秒前にカニンガムを引き、15秒前にバングを決め、10秒前に大きくベアしてヒール。5秒でヒールを起こしながらメインを引いてラフ。オンタイムでトップスピード。もちろん風の強弱で秒数は変化する。微風では加速に時間がかかり、強風ではずっと早く動く必要がある。スタート練習とはその風でのベストのカウントを見つけ、体に染み込ませること。


スタート・トレース戦術

理想ポジションと時刻シンクロ
これは海面上に自分の理想ポジションを描き、時計に合わせてそこに自艇を導くことである。慣れれば他艇の予想位置も分かるようになり、それをカバーするように理想ポジションを描きなおし、スムーズなポジショニングが可能となる。3分前の位置、2分前の位置、1分前の位置、30秒前の位置まで牛歩の歩みで移動。そして15秒のプロシージャー、10秒のプロシーシャー、5秒もプロシーシャーでベストスタートできる。

上有利スタートと下有利スタート
さて、スタートのトレースを実行するためには、原図が必要になるが、それを描く前に上有利スタートと下有利スタートの違いを知らなければならない。

ラインへの接近
上有利スタートと下有利スタートでスタート前の動きが全く違う。一番の違いは、上有利の場合、艇をヒーブツーで止める横流れではスタートラインに近づくことになり、下有利では逆に離れることになる。これはスタートの原則「ラインはスターボードタックで並ぶ」から来る現象で、ポートでラインに並べば逆であるが、まず普通はそれを試みる選手はいない。

スピード命とタック命
次にスタート直後の動きやねらい目も違う。上有利はスピードが命で、下有利はタックが命であること。上有利では、スピードがそのまま下艇を抑えることと同時に上艇の防御となる。下有利では、スタート直後できるだけ早くポートへタックできれば、以後のかわせるスターボード艇を全部おさえることになり、もしタック前に下艇だった艇はタックするとポートの上艇となるが、そのタックがぐずぐす遅れるほど前方に逃げられる。場合によっては風位で勝って上艇となることにもなる。そういう意味でタックが命である。

理想的トレース原図
従って、上有利下有利で理想的トレース原図は全く違う。極端な上有利では、スタートの瞬間だけを考えたら上ピンスタートがゴールデンコースであることは間違いない。そのためその一点を目指して艇が集中し、本部艇周辺は大混雑で、中央からアウターはがらがらになる。

下有利では確かにスタート位置がアウターに近いほど有利で、下ピンスタートですぐタックできれば、全艇の前をポートで横切り一気に集団を押さえることができるが、タックできずにずるずる行く可能性がある。むしろ最初のタックが命であり、極端な下有利でない限りライン全体にひろがりやすい。従って、艇数が多くてスタートラインを長く取れない場合は、熟練したレース委員長ならチョイ下有利を設定する場合が多い。

トレース原図制作練習
それでは実際の原図であるが、これは陸上で自分でノートに描いておくこと。それを実際に試してみて改良を加え、それを定番にして無意識にできるまで体に染み込ませれば、もうスタートでつまづくことはない。



スタート・ポジショニング戦術

実際のスタート前には、艇を一定に保つために、小さなタックや小さなジャイブ、バッキングが必要である。

ポジショニングの意義
スタート前は自艇のスピード、艇の方向、上のスペース、下スペースを時間に合わせてコントロールしなければならない。そのためには、単にビーブツーでじっとするのではなく、R42で許される様々な行動をとらなければならない。それがポジショニングである。

「カニ歩き」
R42で禁止されている「カニ歩き」はマスターしておく事。それは「カニ歩き」を無意識にでもしないため。中風以下ではヒーブツーでアンヒールさせるとラフし、ヒールさせればベアする。それを利用する許される方法もある。効果はさすがに純正「カニ歩き」まではいかない。

ヒール角度
中風以下のヒーブツーの状態でヒールをコントロールすることで、バウが風向に対して何度角度をなすかが決まる。例えばレーザーでは水平で風向に直角なラインから15度。アンヒールでそれよりラフし、ヒールでそれよりベアする。但しこれは潮の流れなどに影響されやすいし、風が強くなれば角度はがらっと変わる。このヒーブツーの角度が分かっていると、スタートラインで止まっている時に風が振れるのがすぐ分かる。これは非常に重要で有利サイドが突然変わった時にすぐ対応できる。実際に試して角度を調べておくこと。

攻撃と防御
スタートにおける攻撃と防御がある。攻撃とは風上艇にできるだけ接近して、加速のスペースを奪い、スタート後にかぶせられないようにすることであり、防御とはそれと逆に、スタート後に一挙に加速して、風下艇をSLPより後ろに落とすため、風下艇との間にできるだけスペースを取ることである。

クリアーヘッドの主張
風下艇との間に大きくスペースを取ると、スターンからそこに割り込まれることがある。スターンからオーバーラップされる前に、ブームを押し出し、クリアーヘッドの艇を避けるように主張することが防御となる。割り込んできた艇がブームとメインシートに突っ込むことは、クリアーヘッド艇を避けていない証拠である。このときバックすればこちらが失格。それに注意して大きく声とかける。
しかし、それを避けて下に割り込まれれば、為すすべなく、風上艇に近づき、スペースをそれ以上小さくならないようにする。


振れタック戦術

ヨットレースの醍醐味である。これを習得できれば、様々なハンディキャップを打ち消すことができるだけでなく、必ず勝てるセーラーになれる。

レースの進行
レースを観察するとスタートから上マークのレイライン(アプローチに艇が並ぶライン)に達するまで船団は膨張し続け、そこから上マークまで収束する。

風の振れの怖さ
上下1000mのクローズホールドのコースで、もし風が振れずに最大に船団が膨張した場合、端と端では1000m離れることになる。その瞬間風が10度振れたら、端と端で風上艇と風下艇では170mの風位の高低差が生まれる。
公式 H=L×sin(Θ)
170m=1000m×sin(10度)
それを距離に変換すると距離で170&×1/sin(45度)m=170×1.4mm=238mの差となる。

実はトップセイラーはこの最大に膨張した瞬間、一番ヒヤヒヤしている。トップセイラーと中級セイラーの艇速差は0.1ノット程度で、秒速5cm。1分3mの差で、上りのコース15分で45mの差。もし風の振れがない場合、楽に上1で廻ることができるが、この最大に膨張した瞬間に、10度振れただけで風位で170m、距離で238mの変動が起こりえる。もしトップセイラーが不利な振れとなれば、一挙に貯金を使い果たし、上1では回れなくなる。

トップセーラーの秘訣
トップセイラーはどうしているか。まずコース中盤で危険域のレイラインまでは近づかない。そして常に船団の風上に位置するように移動している。そうすれば船団を外れて運良く振れをつかんだ選手を取り逃がす可能性はあるが、船団に吸収され順位を落すことはない。次のフリーか次の上りで取り逃した選手を追いかければ、艇速があるので最後はトップでフィニッシュできる。

振れを受ける場所による違い
振れをどこで受けるかでその影響が違う。両サイドは振れの影響が大きく、中央は少なくなる。従って、大きく遅れてしまえば一か八かでどちらかの有利と思えるレイラインまで行き可能性にかけるが、トップを取れば集団の常に風上でマークに近い所をセンター寄りに走るのが安全策である。

タックの選択
振れタックで重要な事は、ポート・スターボードのタックの選択である。クローズホールドのコースで風上に昇りやすく振れることをリフト(吊り下げ)、逆に下されるように振れることをヘッダー(押さえつけ)と言う。具体的にはスターボードタックで風のコンパス方位が増える方向、ポートタックのではコンパス数値が減る方向がリフトで、逆がヘッダーである。ちなみにフリーでもリフトとヘッダーの用語が使われるが、方向は同じであるが意味は違う。

リフトとヘッダー
例えば、スターボードのリフトが入った場合、スターボードとポートではどれ位の風位差が生まれるであろうか。10度のリフトで艇速4ノット(秒速2メーター)の場合の1秒ごとの風位を計算する。

S(スターボード風位)=2m×cos(45度ー10度)=2m×0.82=1.64m

P(ポートタック風位)=2m×cos(45度+10度)=2×0.57=1.14m

つまり、毎秒50cmづつ高さを失うことになる。距離にすると50cm×1/sin(45度)=70cmである。何と恐ろしいことか。10度の振れ、握りコブシの幅の振れを見逃してヘッダーで走ると毎秒70cmごと離されることになる。1.4ノットの差である。

下有利スタート後の成否
下スタートでの成否はスタート後10秒以内に最初のタックができるかどうかである。つまり10度振れて本部船から出た艇より17m風位のアドバンテージをもらっても、本部船から出た艇がすぐポートにタックして、こちらが上がいてタックできずに、しかもその上艇が振れタックの恐ろしさを知らずにタックしなかった場合、毎秒50cmづつ風位が減り、32秒後にはそのアドバンテージはゼロになってしまい、その後は毎秒70cmづつ離されつづけることになる。ベアして上艇との間を広げてタックして上艇のスターンを通れば救われるが、その向こうにまた分けのわからないスターボードが居たらもう地獄である。どんどんベアしてスターンを抜けて行くしかない。

それを防ぐ方法は、スタートラインに並んだ時にスタート時点で加速させないように上のスペースを奪い、かつ下スペースを大きく空けて自分は一気に加速して上艇のSLPより1〜2艇身以上飛び出して安全にタックすることである。従って、下ピンスタートに拘るのは愚の骨頂で、下集団の上でスペースの一番空いたところからがベストである。

有利な海面で振れタックをつかむ
振れタック戦術は非常に強力であり、これをマスターするだけで一挙に上マークの順位があがる。ポイントは2つ。一つはどこで振れを受けるか。もう一つはどれだけ振れた風に対応できるかである。

風が左に振れたら左海面の風位の高さが上がる。そこでポートにタックすると、ポートのリフトでありどんどん風位を稼げる。風が右に振れたら右海面の風位の高さが上がる。スターボードにタックすると、スターボードのリフトでありどんどん風位を稼げる。何も分からず逆をすれば、みるみる順位を落す。

振れタックの限界
このように振れタックを有利な海面で受け、それに反応できればみるみる高さを稼ぐことができるが、これも限界があり、上マークへのレイラインで囲まれた範囲である。スタートから中盤までは振れタック戦術は強力であるが、中盤をすぎて上マークに収束する場合は風が振れても我慢しなければならなくなる。実はこの我慢の期間もこまめに振れタックすれば、わずかの差が積み重なり順位を良くすることもできる。トップ選手はタックでロスしないのでこれが可能である。

振れタックを知る
現実問題としてどのように風の振れを知るかであるが、方法は3つ。一つはコンパスの数値から知る方法で、残念ながらスタート前はともかく、コンパスに集中していては走れないし、数値の変動を知った段階では手遅れであり、振れ感覚の確認には使えるがレース中にあまり頼ることは出来ない。もちろん練習の段階で振れ感覚を磨くには必須であるが。

次はまわりの艇の動きから知る方法。一番代表的な例は、下マークを廻ってポートのレイラインを見れば一目瞭然。先にマークを廻った船団が自分のコースより下に見えたら、ポートのリフトが入って来ていると見て良いし、上に見えたら今ヘッダーだから即タックとなる。つまり、周りの船団の見え方の変化で振れが分かるということである。

さて最後に、実際のレース中に使うもっと実用的な方法がある。ハンドヘルム感覚で艇を走らせ、周りをじっくり観察する。トップ選手はこれを自然に為している。艇との一体感があれば、艇がどの方向を向いているかが分かる。ハンドヘルム感覚で見かけの風に対応して無意識に艇を操作できるので、それが可能となる。

振れタックの危険性
振れを感じることは大事であるが、そればかりに振り回されてもいけない。風は振れもどるのが原則であるが、片振れで回って行く場合もあるし、振れてもすぐ戻る場合もある。気象の読みや海面の変化に敏感になり、ベストポジションでペストの振れを、できるだけ少ないタックで活用する方法を心がける。上りで5回までのタックは許されるであろうが、それ以上は十分考える。もちろん、振れない海面もあり、その場合はスピード第一。


レースの本質的戦術

振れタックが理解でき、それを実際に海上で見極められ、それを活用できるようになれば、単にスピードを競うあうのでなく、ヨットレース独特の戦術が理解できるようになり、レースの本質が全く違ったものになる。トップ選手はそれで強い。

ドローとバトル状態
ブローやラルがないレース海面、つまり風に強弱がなく、平行に風が吹いている場合、同じタックの艇同しではドローの状態である。つまり風位の高さには差はできない。一方、反対のタックの場合は、ある艇は高さを稼ぎ、一方の艇は高さをロスしている状態である。つまり、2艇間にはバトルが起こっている。

攻撃と防御
スタート後、または下マークを回って風上に向かっている場合、自分が風位で高ければ、風位で低い相手と同じタックにすることでドロー状態を維持できる。これが防御になる。逆に自分が風位で低く、相手と逆のタックにすれば、振れタックで高さを稼げると判断すれば、すぐにタックしてバトル状態にする。これが攻撃である。もちろん、タックして風位をロスすれば、そのバトルで自滅することになる。上マークから左右に引いたレイラインの間は攻撃と防御が繰り返されるが、レイラインに達すれば終了する。

風上を取ること
スタートして振れタックを利用し、第1上マースを相手艇より早く回る事が、そのレースを制する事になる。ただし、相手艇も振れタックを理解し、活用できるレベルであれば、そう簡単ではない。振れタックに対する感覚と、ブロー・ラルを知り使える能力の差が、相手より高さを稼ぐことになり、最終的に相手艇の風上を取ることができる。以後防御の体制、相手と同じタックでドロー状態を維持できれば、必ずレースで勝つことができる。

船団を押さえる戦術
上級になればなるほど、一対一の戦術の比率は減少し、一対船団を常に考えなければ上位入れない。そのためには、常に船団の位置を把握し、自分との船団の位置関係を有利になるような、大局的戦術が必要でとなる。これは経験を要する。シミュレーターが役に立つ。


ブロー・ラル

レースでは振れタックがすべてではない、ブローをつかまえ、ラルを避けることが、風の振れより優先すべき時がある。

ブローを見つける
風が弱ければ弱いほど、ブローをつかまえる重要性は高くなる。そのような海面ではブローによる海面の変化を先に見つけたものが、それを活用できる。そのためには視線を自由に動かせて、艇を自由に走らせる能力が必要であり、ハンドヘルム感覚による操船ができれば、それが可能となる。上級者はそのブローの性質も見極められ、高さを稼げるブローを選択できるようになる。

ラルを避ける
ラルを海面で見つけることは困難である。これは経験を要する。他艇の動きを観察することが重要で、艇速の変化でラルに突っ込んだかどうかを判断せざる負えない場合もある。場合によれば振れを無視して、とにかく艇速を維持する方を優先しなければならい。

他の重要な戦術

上マーク・アプローチ戦術
レーザーの場合、上位になれば艇の速度差はほとんどない。最後の上アプローチでは、10mの間に5艇がひしめきあうことになる。

それを避けるために、上マークまで200mほどに近づいたら、どちらのアプローチが良いか海面を読む。参考になるのは波と波紋で、その中を減速せずに通る上マークまでのコースを引いてみる。ここで大きく順位が決まる。

次に、船団を見る。原則は多数派に入ること。自分はどの船団の中に入るかを確認。明らかに自分は船団と船団の間で廻れる以外は、少々高さを落としても船団の中でも良い位置で合流する。