< 戯曲 古月禅師 >

〜 鬼塚 厚 〜


序 言
この小冊子は日向の名僧である
勅諡本妙広鑑禅師古月大和尚の生涯の一面を戯曲にしたものである。
宝暦元年(1751)5月25日、久留米市外13部の慈雲山福寺に於いて
示寂されて本年正に200年諱に相当する。
禅師85年の行状は末尾付録の誕生地記念碑文を読んでも充分偲ぶことができる。
筆者は禅師と郷土を同じくするもので、特にその学徳を慕い
些か奉賛の微意を示したく思って、才識不相応にもこの冊子の編纂を試みた。
元より文筆の素質なき者の作品であるから、文芸的価値なんかある筈がない。
然し多少なりとも世に益するところがあれば、この上ない幸と思う次第である。
(昭和26年5月25日 宮崎市江平池畔にて)




< 第 一 幕 >
仏 縁
(古月の入弟)

一 道
今日は田村惣兵衛さんの7年忌であった。
わしが大光寺からこの松巌寺へ来たのが
田村さんの亡くなられた歳より2年前であったから
もう9年になるかな・・・
月日もたつのは本当に早いものだ。
まだ夕餉の時刻には間もあるようだ
少し経典を見て仏陀の金口に接しよう。

(一道和尚は一冊の経典を机の上に開いて黙読に耽る。
花道より古月(9才)を先頭に父の源蔵と母の好子が出てくる。
源蔵は花道に出ると妻に向って)

源 蔵
松巌寺の一道さんは、学問も修行も出来ている立派な和尚さんだ。
今日は子供が出家を願って、一道さんのお弟子になると云うのだが
これも日頃の信仰している文殊さんの御導きと云うより外はあるまい。

好 子
この子が出家して立派な和尚さんになれば
私は何より嬉しゅうございます。
(古月は後を振り返って)

古 月
松巌寺が見えました。早く行ってお願いして下さい。

源 蔵
ああ!!見えた、見えた。それでは早く行こう・・・。
(三人は松巌寺の玄関に佇んで)

源 蔵
お頼み申します。

一 道
・・・。

(一道和尚は親子三人を居室に案内して)

一 道
今日は三人お揃いで珍しいではありませんか
何か御用件でもございまして・・・。

源 蔵
和尚様!!
私達は折入って子供のことについてお願いがありまして参ったのでございます。
それは子供が和尚様のお弟子になりたいと大変なもので・・・。
この子は家内が或夜夢に童子から美しい玉を受けまして
それを呑みまして姙みそして生まれたのであります。
これも日ごろ信仰している文殊様のお手引きによるものと信じまして
子供の出家には誰一人異存もなく喜んでいる次第であります。
また子供は時折り近くの瑞光院に行って
宗密和尚さんから梵唱を習っていますうちに
いよいよ出家の心が固くなりまして
是非和尚様のお弟子になりたいと毎日強いるものでありますから
今日は三人揃ってお願いに参りました。
誠にいたらぬ者でありますが、子供の心をおくみ下さいまして
お弟子にしていただきたいものでございます。
(一道和尚が返事をしかねていると、母の好子が古月に何か囁いた。
古月は頷いて一道和尚に一礼して)

古 月
和尚様!!どうかお願いいたします・・・。

一 道
それは奇特なことです。其方のことはかねがね瑞光院さんからも聞いていました。
わしはご覧のとおり老体で余命も短い者でありますから
返ってわしがお世話になるかもしれませんが
強い御意志のように見受けますから
喜んでお預かりいたしましょう。

古 月
お弟子にして下さる・・・嬉しいな・・・
(古月は嬉しさが胸にこみあげて後の言葉が続かなかった。代わって父が)

源 蔵
私達の願いを叶えて下さいまして誠に有難うございます。好子、嬉しい喃!!
(母は喜悦を一入覚えながら)

好 子
本当にこの子の願いが叶いまして、こんな嬉しいことはございません。
(なお母は古月に向かい)

好 子
お前!!和尚様のお弟子入りが叶いまして本当に嬉しいだろう。
これからは和尚様とご一緒にみ仏様の道に精進して
立派な和尚さんになって下さい。
(古月は感激に充ちて)

古 月
お母さん!!必ず立派な和尚さんになって
お父さんお母さんを安心させます。

好 子
よく申してくれました。
ただ今の言葉を生涯忘れないで
お前の大願の成就する日を母は楽しみに待っています。
(父も感涙に咽びながら)

源 蔵
私は本当に嬉しくて涙が迸るのみであります。
(舞台は喜悦と感激のうちに幕がしまる)




< 第 二 幕 >
第一場
精 進
(古月の向上心)

乞 食
ああ!!寒い晩だ。
それにしても松巌寺の古月は実に感心な小僧だ。
朝は早くから夜は遅くまで仏道に精進している傍ら
毎夜のこと住職の一道さんが床に就いた後
この堂に来て自分の非人であるのも嫌わず
漢書を学ぶあの熱心振りには、自分ながら惚々する。
将来は立派な和尚さんになるだろう。
同じ親として子供を持つならば、古月のような子供を持ちたいものである。
然し、こんなことは自分にはとうてい望めない。
自分のような非人なんか生きながらえていても何の益にもならない。
一層、自害でもして・・・
(乞食は自分の非人を恥じて悲嘆の末、自害せんと懐刀を出して見たが思い直して)
・・・ここで死んだら古月に申し訳ない。
望みのない将来ではあるが、ここは自害する場所ではない。

古 月
翁さん!翁さん!
(乞食は眼を開いて)

乞 食
古月か、待っていた。

古 月
今夜は用事がありましから遅くなりました。
(いい終ると握り飯の入った竹の皮包みを乞食に手渡した)

乞 食
これは毎度有難う。この恩は一生忘れないよ。
後でゆっくりいただくから昨夜の続きを始めよう。
(古月は乞食に正面に坐り、乞食の差し出す燭台を引き寄せて
持参した漢書を開き始める。乞食は無言で聞いていたが暫くして)

乞 食
今夜は大層寒いし、それに燈火も細くなったようだから、こころでやめよう。

古 月
はい、それでは明晩は早く参りますから、今晩はこれで失礼します。
(古月は立ち上る時乞食のおいた懐刀に初めて気付き不審げに)

古 月
翁さん!それは懐刀ではありませんか。

乞 食
そうだ。このような俺は乞食非人、城下に物乞いに行けば
人からは嫌われ食べる物さえ貰えない今日である。
ところが、どうした因縁かこの弁天堂に入ってから
不図したことでお前と知り合いになり
それからというもの毎晩のように握り飯を恵んでくれるから
辛うじて命を永らえている。
然し、生甲斐もない身の上を考えると変な気持になって、思わず懐刀を握っていた。
丁度その頃お前が来たもので本心に返ったのだ。
悪夢が醒めたわけだが、俺はもう思い直した、懐刀は無用だ。
所望なら持って行くがよい。

古 月
そうでしたか、私には翁さんが萬一のことでもなされると困りますから預かっておきます。
(古月は懐刀を取り上げ懐中に入れて別れを告げて弁天堂を去る。
乞食は坐ったまま古月を感心した面持ちで見送っていたがやがて呟いた)

乞 食
頼もしい小僧だ。将来立派な和尚になるだろうが
その時は俺はとてもこの世の人じゃあるまい・・・




< 第 二 幕 >
第二場
迷 悟
(古月、亡霊に法剃を授ける)

亡 霊
古月さん!古月さん!
私は先日亡くなった浜と云う者です。
お葬式は賑やかにして送って貰いましたが
入棺の時「法剃」を受けませんでした。
その為に私は成仏することが出来ず迷っています。
古月さん、どうか御慈悲をもって私の為に「法剃」を与えて下さいませんか。
(古月は一寸怖じけたが、直ちに気を取り戻して臆することなく)

古 月
私はまだ小僧の身です。如何にしてそんな大事が出来ましょう。

亡 霊
いいえ、古月さんは小僧さんながら大人の和尚さんも及ばない
法力を持っていられると聞いています。
どうか私を不憐と思って導いて下さい。
重ねてお願いいたします。

古 月
世間の人は、私を小さい時から神童と申しているようですが
何も変ったところはありません。貧弱な小僧です。
それで私が「法剃」を与えても、貴方はとても成仏なんか出来そうもないです。

亡 霊
そう申されないでお願いですからお聞き入れて下さいませんか。
(古月は初めは自信がなかったようだが、話しているうちに仏の導きがあったか)

古 月
それなら試して見ましょう・・・
(古月は先程乞食から預かった懐刀を取り出して
亡霊の髪を切り、その髪を提示して次の句を唱えた)

古 月
剃除鬚髪 当願衆生 永離煩悩 究境常楽

亡 霊
ありがとうございます。
御法力によって迷いが醒めました。
これで私も成仏が出来ます。
・・・
お礼をいたそうと思っていますが
亡霊でありますからここに一物も持っていません。
済みませんが私が嫁入りする時
母が記念にくれました手鏡を明日お届けするよう取り計らいますから
どうかそれをお受けして下さいませんか?

古 月
それは立派な法施です。
亡霊の法施は初めてでありますが、有難く頂戴して座右に置きましょう。

亡 霊
それでは有難うございました。
御免下さい・・・。
(亡霊が消えるのを古月はじっと見送っている)




< 第 三 幕 >
功 徳








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