< 伝承 日向神話 >
古 事 記)(もう一つの日向神話)(日本書紀と仏教






イザナギとイザナミ


江田神社



イザナギ・イザナミの二神を祀る。


<みそぎ池>



イザナギは「竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原」で、ミソギをして速川神社
最後に左目を洗ったときに、アマテラスオオミカミが
右目を洗ったときに、ツクヨミノミコトが
鼻を洗ったときに、スサノウノミコトが生れた。




ここで三貴子を産んだのは、イザナギであり、イザナミではない。
三貴子は男性の父から生れたのであり、女性から生まれたわけではない。

アマテラスとスサノウの誓約の際
スサノウがアマテラスの勾玉を譲り受けて生れた、アメノオシホミミノミコトは
物実の持ち主である、アマテラスの子としている。

タカムスビノカミの娘である、ヨロヅハタトヨアキツヒメと
アメノオシホミミノミコトの間に、アメノホアカリと、ニニギノミコトをもうけた。


住吉神社



イザナギを祀る江田神社とは父子関係にある。
全国2000余の住吉社の”元”社であると伝えられている。


小戸神社



”神代ヨリ其名ハ今モ橘ヤ 小戸ノ渡リノ舟ノ行ク末”


都萬神社



オオヤマツミノカミ”の娘であり、ニニギノミコトの妻である
コノハナサクヤヒメを主神として祀っている「都萬神社」




ニニギノミコトと、コノハナサクヤヒメ


木花神社



宮崎にはもう一つ、コノハナサクヤヒメを祀る神社がある。


銀鏡神社



コノハナサクヤヒメの姉・イワナガヒメの悲しいお話し。


鹿野田神社



ヒコホホデミノミコト(山幸彦)を祀る。


高屋山上陵



ヒコホホデミノミコトの陵墓と伝えられている。


青島神社



ヒコホホデミノミコトとトヨタマヒメ(ワタツミノカミの娘)が祀られている。



ヒコホホデミノミコト”と”トヨタマヒメ




トヨタマヒメ”は夫恋しの心に耐えず
子供の養育のために妹の”タマヨリヒメ”を遣わした。


野島神社



山幸彦とシオツツノカミ


潮嶽神社



海幸彦を祀っています。


鵜戸神宮



ヒコホホデミノミコト”の妻”トヨタマヒメ”が
ウガヤフキアエズノミコト”を産んだところと伝えられる。
ウガヤフキアエズノモコト”を主祭神に
アマテラス=ニニギ王朝の歴代を祀っている。


ウガヤフキアエズノミコト”は叔母”タマヨリヒメ”に養われて成長するが
大きくなってこの”タマヨリヒメ”と結婚した。
そして”イツセノミコト””イナヒノミコト””ミケヌノミコト
カムヤマトイワレヒコノミコト(神武天皇)”の四皇子が生れた。


佐野原神社



ウガヤフキアエズノミコト”が都於郡から宮居を還されて
天下を治められた所で、”タマヨリヒメ”をお后に迎えになり
この地で”ササノミコト”(のちの神武天皇)が生れた。


宮崎神宮



宮崎神宮は”カムヤマトイワレヒコノミコト(神武天皇)”を主祭神とし
相殿には”ウガヤフキアエズノミコト”父君と
タマヨリヒメ”母君が寿斎されている。


皇 宮 屋



天皇は四十五歳の時、天下統治に応しい地を求めて日向国を出発
数々の苦難の末に大和地方を平定され、第一代の天皇として即位された。


都農神社



神武天皇東征の時、この神社に寄り祈願されたといわれている。


立磐神社



神武天皇が出航の指揮を取られ
腰を下ろされたという「腰掛石」がある美々津の立磐神社


<古代船おきよ丸>



神武東征説
高原の狭野で成長したイハレヒコサノノミコト(神武天皇)とも呼ばれていた。
やがて宮崎の宮(皇宮屋〜こぐや)で日向を治められたが
全国統一の構想を練り、船軍を率いて東方に向かうことになった。
東国征伐への出発に当たっては
八月一日の夜明け前、最良の日と判断され急遽、出発命令を下され家々の戸を叩き
「起きよ、起きよ」とふれまわり、出発に間に合わせた。


『日向神話をそのまま受け取ると、初代天皇である神武天皇の中には
南九州の土着の民の血が多く入っていて
天孫族の血はわずかに八分の一であるということになる。
そして南九州のハヤトは後に大和朝廷から卑しめられた民族である。
とすれば、この卑しむべきハヤトの血の入った神武天皇が
大和国の支配者であるというのは
むしろ天皇の神聖性を強めるより弱めることではないであろうか。
天皇の神聖性を強めるフィクションを作るとすれば
天皇家の祖先は、たとえば三輪山に降臨し
ずっと大和にいたという話のほうがはるかに適当なのではなかろうか。
しかるに天皇の祖先が“文化果つる”九州からやって来て
天皇の血の中に多分にハヤトの血が入っているというのは
やはりそれが事実であったからではないであろうか。
記紀の作者は意外に素直な気持ちを持っていて
事実をそのまま語ったのではなかろうか。
われわれはこのような伝承を不当に高く評価すべきではないが
また不当に低く評価すべきでもない。
このような伝承を大切にし
このようなかたちで国を作った日本の姿を
うぬぼれにも溺れず
自棄にも陥らず
冷静に見つめるべきではないであろうか』

(「天皇家の”ふるさと”日向をゆく」梅原猛より)


伝承とは神話・伝説・口碑の総称である。
神話の起源に於いては、アミニズム時代にありと言い
各民族間に自発的に起こった、とするものと
各地に伝播した、とする二説が唱えられる。
そしてそれが限られた個人によって、一時的に作成されたものでなく
共同社会の民衆によって語られ、次第に成長していく性質のものであり
散文的よりも律文的に、精霊・呪物・族霊の崇拝などが主になっていると考えられる。
この原始的神話は、更に発達して、凡そ次の諸項に分類される。
<自然神話><人文神話><英雄神話><神婚神話><仙郷滞留神話>

神話は、自然の起源や現象を説明し、崇敬する点に於いて
科学・哲学若しくは宗教の萌芽を含むものであり
民族・国家の由来成立を説明し、暗示する点に於いて
歴史の幼芽を示すものであり
感情を誇張し、空想を逞うする点に於いて
詩の素地を拓くものと謂い得るであろう。
(日高重孝)

『神話は原始的民族心理の醗酵であり
民間信仰の反映であるから、各民族に共通するものが多い』
(マックス・ミュラー)
『原始民は自然を人格化し、一切を世界の中心としての自己の出来事に関聨させる』
(オイケン)



伝承 天皇系図



「神武天皇」は紀元前711年2月13日生れ
「古事記」が完成したのは西暦712年
「地球」が誕生したのは46億年前
因みに
「釈迦」が生れたのは紀元前463年


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