< 子 守 唄 >

伝承ライブ集試聴庵


日本の伝承音楽である子守唄には
安らかな眠りの世界に誘う
やさしく愛に満ちた子守唄
美しい世界に誘う子守唄
昔ばなしを聞かせながらうたう子守唄
揺りかごの子守唄・たのしい子守唄・あやし唄
民謡調の子守唄
こわい子守唄。
そして、守り子が唄う
遊びの子守唄
親に感謝する子守唄
守り子のやさしい子守唄
子守口説唄など
貴重な詩や旋律を持つ子守唄が沢山あります。




子守唄をばうたうて聞かしや
(白隠禅師)



<『聖徳太子傳』の子守唄>

寝いれねいれ小法師
ゑんのゑんの下に
めく犬の候ぞ
梅の木の下には
目木羅々のさぶらふぞ
ねんねん法師にををつけて
ろろ法師に引かせう
露々法師にををつけて
ねんねん法師に引かせう
御めのとはどこへぞ
道々の小川へむつき濯しに
ねんねんねんねんろろろろ
梅の木の下には
目きららのさぶらふぞ



    



<やさしく愛に満ちた子守唄>

”ねんねんよう”
(岐阜県)

ねんねんよう おころりよ
坊やは良い子だ ねんねんよう
まだ夜が明けぬ 良い夢見つつ
良い子だ泣くなよ ねんねんよう

ねんねんよう おころりよ
坊やは良い子だ ねんねんよう
日暮れの花の つぐまるように
良い子だ泣くなよ ねんねんよう


”ねんにゃこ コロチャコ”
(秋田県)

ねんにゃこ コロチャコ
ねんにゃこ コロチャコ よ〜よ
おれの愛で子どさ 誰ァかまて泣〜く
誰もかまねども ひとりして泣〜く
ねんにゃこ コロチャコ
ねんにゃこ コロチャコ よ〜よ
向ェの山の 白犬〜よ
一匹吠えれば みな吠える〜ゥ

「そばにいる猫といっしょに眠りなさいと
守り子もうたっていたでしょう。
源氏物語の中では子猫の鳴き声を「ねうねう」といって
「ねようねよう」の意味にかけて用いています。」


<美しい世界に誘う子守唄>

”赤い山青い山”
(北海道)

ねんねの寝た間に 何せよいの
小豆餅の橡餅や
赤い山へ持って行けば 赤い鳥がつっつく
青い山へ持って行けば 青い鳥がつっつく
白い山へ持って行けば 白い鳥がつつくよ

「不思議な世界へ」


”天満の市は”
(大阪府)

ねんねころいち 天満の市は
大根そろえて 舟に積む
舟に積んだら どこまで行きゃる
木津や難波の 橋の下
橋の下には 鴎がいるよ
鴎とりたや 網ほしや
網がゆらゆら
由良之助

「夢の世界へ」


<昔ばなしを聞かせながらうたう子守唄>

”おら家のはしご”
(秋田県)

おら家のはしごは 一個と二個で三個だ
二個と三個で五個だ 五個と五個だば十個だ
十個ずつ十だば百個だ 百個ずつ十だば千個だ
千個ずつ十だば万個だでよ〜よ
おら家のつ〜ぼの石は
籠さ紙張った石で
風吹げば飛ぶじゃよ〜よ

「むかしむかし長者があって
その婿選びに村中に立て札を立て
二か条の難題を出しました。
娘には好きな若者がおりました・・・」


”麦ついて”
(大阪府)

麦ついて 小麦ついて
お手に豆が九つ
九つの豆の痛さに
親の在所が恋しゅうて
恋しゅくば尋ね来てみよ
篠田の森の白狐
ヨーイヨーイヨーイヤサ

「恋しくば 尋ねきてみよ 和泉なる
篠田の森の うらみ葛の葉」


<揺りかごの子守唄>

”ホーチーポチプ”
(アイヌ)

ホーチーポチプ ハウワハウ
(そらこげ舟を ハウワハウ)
ホーチーポチプ ハウワハウ
ホーチーポチプ ハウワハウ
ホーチーポチプ ハウワハウ

「アイヌでは揺りかごのことをシンタといい、
英雄の乗る空を飛ぶ乗り物のことも
シンタというそうです。」


<たのしい子守唄>

”ねんねんや おんもりや”
(山形県)

ねんねんや おんもりや
ねんねんおんもり や〜や
帯は七尺 黄八丈お〜お
黄八丈の帯買って 誰にさせる〜る
お仙にさせて 遊ばせる〜る
遊ばせながらも 泣きながら〜ら

かんざしゃガラスで キラキララ〜ラ
江戸ガラスのかんざし買って 誰にさしょか〜か
おたみにさ〜して 遊ばせる〜る
遊ばせながらも 泣きながら〜ら

「や〜や、お〜お、る〜る、ら〜ら、か〜か
とても楽しいメロディーです。」


<あやし唄>

”山原が入っちゃんど”
(沖縄県)

山原が入っちゃんど
あかしも薪も買んそ〜らに
隣の婆前に語んなよ
ハーシク テーシク シクテーシク

「やっと立つ幼児の両手を持って
前後に漕いでやりながらうたいます。」


<民謡調の子守唄>

”泣くないよ坊ややよ”
(鹿児島県)

泣くないよ坊ややよ 泣くないよ坊ややよ
泣くないよ 泣くないよ
母様やよ何処もうち 母様やよ芋堀りが
野良ち行ちゃんど 芋堀が行ちゃんど
ヨッコロハイヨー
ヨッコロハイヨー

「奄美民謡調の美しい曲。」


<こわい子守唄>

”寝ろじゃ 寝ろじゃ”
(青森県)

寝ろじゃ 寝ろじゃ 寝たこ〜へ
寝ンねば山がら もっこァ来るァね
寝ェろじゃ 寝んねこへ

「寝ないと山がら、お化けが来るよ。」





<守り子がうたう遊びの子守唄>

赤ん坊を背負ったまま
他の守り子たちといっしょに
手毬やお手玉をして夢中になって遊んでいると
暗くなってしまいました。
背中の赤ん坊は守り子たちのうたう
手毬唄やお手玉唄で
もうすっかり眠ってしまった。


”一人でさびし”
(宮城県のお手玉唄)

  一人でさびし 二人で参りましょう
  見渡すかぎり よめ菜にたんぽ
 妹の好きな 紫すみれ
 菜の花さいた やさしい蝶々
  九つ米屋 十(唐)までまねく

背中の赤ん坊といっしょに帰る夕暮れの田んぼ道は、さびしくない。
現代はテレビやテレビゲームが子守唄になっているという。
守り子は辛かっただろうが、その背中はとても暖かかった


<親に感謝する子守唄>

”親ぬ産し御蔭”
(沖永良部島)

親ぬ産し御蔭
丈程に太でィてィ
産し親ぬくとゥや
粗相に思んな

泣くなくなわらび
誰が泣きでィ言ちよ
泣きでィ言やぬ人語り
うりに守らさ

泣くなくなわらび
誰が泣きでィ言ちよ
泣かなしゅてィ太でり
花ぬわらび

「自分自身にも、背中の赤ん坊にもうたっています。
産んで下さった親のことは粗末に思ってはいけません。
泣かずに大きくなりなさい、花のようなわらべ。」


<守り子のやさしい子守唄>

”子守りの唄”
(佐賀県)

ねんねんようおころりよ
坊やは良い子だねんねしな
子守りの唄にねかされて
ねんねんねえむのォ 花しぼむ

ねんねんようおころりよ
坊やは良い子だねんねしな
子守りの唄に日が暮れて
空には青い星ひとつ

「子守りという労働の辛さを越えてやさしさに」


<子守口説唄>

”子守りの役”
(宮城県)

一でひどいのは 子守りの役よ〜ォ

二で憎まれて 三で叫ばれて〜ェ

四で叱られて 五でごせやかれ〜ェ

六でろくな物 食べろと言れぬ〜ゥ

七でしめしなど 洗えと言れる〜ゥ

八で叩かれて 九で口説かれて〜ェ

十で遠くさ行って だませと言れる〜ゥ

そこで子守娘はつらいもの〜ォ


「五木の子守唄・竹田の子守唄と同じ口説唄。
やはりとても繊細できれいな旋律です。
何故こんなにきれいなのでしょうか?」








「子守唄って何だろう?」
(小泉文夫)

赤ん坊は耳でもっていちいち子守唄を
聴き分けているわけじゃないだろうけど。
たとえば、我々の経験からいうと
赤ん坊のお尻をポンポン叩いてやったりすると
寝やすいようです。
あるいは、ただ触っていてもいい。
おんぶしている時でも寝かしておく時でも
ほんとうにお尻や足に手で触っているだけで
赤ん坊は安心するんです。
・・・
世の中には赤ん坊のうちからいい音楽を
聴かせなければダメだという説がありますよね。
いい音楽という意味は
音程がしっかりしているとか
リズムがきちんとしているとか
あるいは発声法がベル・カントに近いとかいうことで
所詮西洋のちゃんとしたクラシック音楽じゃないと
ダメだという考え方がある。
しかしそれについては
あんまり心配する必要がないと思うんです。
聴くのは赤ん坊ですから
音程がどうの、ハーモニーがどうの
というところまではとても識別できないでしょうからね。
また、たとえ識別したとしても
人間にとって必ずしもそういうものが
いい音楽とは限りません。
赤ん坊に必要なのは
誰かがお尻をポンポン叩いてくれることだし
それこそ心臓の鼓動じゃないけど
はっきりしないようなリズムでも
いかにも人間が生きているという
直接的なものを肌で感ずることなんです。
それが重要なんだ。
だから自分はオンチだから歌わないで
レコードを買ってきて聞かせた方がいいんじゃないかみたいな考え方は
非常にナンセンスだと思う。
・・・
そう、しかし
母親じゃなくてもいいんです。
人間であれば
おとうさんでもお子守さんでも
隣りの叔父さんでもいい。
ただ
人間が直接触って規則的じゃなくてもいいから
とにかくポンポン叩いてあげる
そうしながらどんな声でもいい
人間の声を出して
何か歌ってあげる
・・・
「ユリイカ」より


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