< 篠 笛 >

伝承ライブ集試聴庵



《素朴の音》《日本の音》《自然の音》《心の音》

篠笛とは
しの笛教室
篠笛考

横笛の魅力

自然に生えている篠竹の一節を切って
中に漆を塗り、穴を開けただけの素朴な日本の楽器。
その音(ね)は、遠い昔から聞こえて来て
遠い未来へと響き渡る。

素朴だけれど、深い
粒子が濃いけれど、透明
しなやかだけど、強い
大きい音が出ているけど、静か

二十年間、ひたすら吹いてきた「蜻蛉」という六本調子の篠笛です。
吹き込めば吹き込むほど身体に馴染んできて
いい音(ね)が出てくれます。
この篠笛一本で
子守唄・民謡・わらべうた・尺八・能管
はたまた、お囃子の音まで出ます。
素朴で美しく、日本の風土に合った
ちょうど良い湿り気のある懐かしい音色です。



『笛吹きが楽器を選り好みするのは、やはり人に笑われる。
新しい笛がいい、古い笛がいいとあれこれ取り沙汰して
稽古もしない人が名管名琴を使ったところで何の意味もない。
たしかにそうなんだけれども琴の類、また笙や笛などでも
よく吹き込んであったり、弾き込んであったり
今までその楽器を弾いてきた人の数も多くてまた楽器も年を経ていると
自然と音筋が開けてくるものだ。
こういうことにつけても十分に稽古した後は
笛をあれこれ選ぶといい。
研鑽してきた演奏者なら楽器を選ぶ意義があるからだ。
その道の何たるかも知らないうちから名器を望む人は
稽古を嫌がる傾向があるから
我流に苦しんでいろいろやってみて悪あがきになるものだ。
どんな名管も稽古しない人が扱えば石瓦と化す。
笛に不満が出てきていろいろと自分が至らない事をさしおいて
古い笛に難をいい立てるものなのだ。
名器は演奏者の稽古の程度に合わせて鳴るものであろう。
ゆめゆめ忘れてはならない。


稽古をしないと楽器からとがめられるという。』

(後白河法皇 「梁塵秘抄口伝集」 より




一撥・一吹きの一音は
論理を搬ぶ役割をなすためには
あまりに複雑であり、それ自体ですでに完結している・・・
音は表現の一義性を失い、いっそう複雑に洗練されながら
朽ちた竹が鳴らす自然の音のように無に等しくなって行くのだ・・・
私はそのうえに新しく何をつけくわえることができるだろう?

(武満徹)




竹に傍えば、密かに響あり
(良 寛)




ひとり日暮れの草山で
夕やけ雲をみていれば
いつか参った寺のなか
暗い欄間の彩雲に
笛を吹いてた天人の
やさしい眉をおもい出す

きっと、私の母さんも
あんなきれいな雲のうへ
うすい衣着て舞ひながら
いま、笛吹いているだろう
夕やけ雲をみていれば
なんだか笛の音がする
かすかに遠い音がする

(金子みすず)




笙は調べおほせて待ちたれば
ただ吹くばかりなり。
横笛は吹きながら、息のうちにて
かく調べもてゆく物なれば
穴毎に口伝の上に性骨を加えて
心が入るること五の穴のみに限らず。
偏に、のくとばかりも定むべからず。
あしく吹けばいずれの穴も心よからず
上手はいづれをも吹き合はす。
呂律の物に適はざるは人の咎なり。
器の失にあらず。

(吉田兼好「徒然草」より)




篠笛と昔ばなし

CD「篠笛による日本の子守唄」

「篠笛初心集」





<笛 を 吹 く>

ー 杜 甫 ー


笛を吹く
秋山風月の清きに
誰が家か巧に断腸の声をなす
風は律呂をひるがえして相和して切なり
月は関山に傍て幾処か明なる
胡騎中宵北走するに
堪え武陵の一曲南征を想う
故園の揚柳今揺落す何ぞ得ん
愁中却って尽く生ずるを



<騎 牛 帰 家>




千戈(かんか)(すで)に罷(や)
得失還(ま)た空ず。
椎子(しょうし)の村歌を唱え
児童の野曲を吹く。
身を牛上に横たえ
目に雲霄(うんしょう)を視る。
呼喚(こかん)すれども回らず
撈籠(ろうろう)すれども住(とど)まらず。

ー 十 牛 図 ー


篠笛と昔ばなし
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